結局、この世の中で見ている世界は自分が想像(創造)している世界です。そして、それは個人個人ユニークな世界になっています。だから、他人と比較することは正直あまり価値は無いことです。なぜならば、一人一人が別の世界で生きているからです。ある条件に重なることで、同意した世界をつくり、私たちは家族、会社、学校等のコミュニティで生きています。
そして、大切になるのが「想い」。想いが私たちの現実を創っています。
ある実験がありました。ちょっと過酷な実験ではありますが、ある人に目隠しをして、腕の感覚に反応があるものを宣言してから当てていきます。
やわらかいものから、少し痛みがあるものを押し当てていきます。そして、最後に「アイロンを当てます」と言います。実はこの時アイロンでは無くペン先をあてたのですが、被験者は思い込みで熱いものだと想っていたのでしょう。絶叫して大きな火傷を作りました。このような事は日常よく起こっています。
このように私たちは「想い」で様々な現実を作っています。想いの力はとてもパワフル。この意味で、自分が本当に望むものを持っているフリをしてみることは価値があります。結果=想いになります。だから、この世の中はとてもシンプルなんですね。
そして、その想いの原動力となっているのが「葛藤」です。
今、ジープ島の日記をみながらエネルギーをうけとってみたよ。やっぱり思えばいつでも繋がるね。
よくできているけど仮想の世界みたいなもんだから。
あの体験も環境もメンバーみんなで別なレベルで生まれる前に(というか時間の概念からすると同時並行かな)創造していたんだね。
>自分が本当に望むものを持っているフリをしてみることは価値があります。結果=想いになります
意識してみるねー!!
最近は(特に)体をぶつけたりカッターで指を切ったり熱いものを触ってしたときも「うそうそ。今の無しっ!!」ってから体に言い聞かせているけど、肉体も上手く反応してくれている感じだよ。
「そうだよねー!!うそだよねー♪」って(笑)
自分に必要無いものにフォーカスしてパワーを与えない事も重要になってくるねぇ(笑)
いつもお返事ありがとうございます。
最近読んだ漫画でおもしろかったのが、今市子さんの”百鬼夜行抄”(ご存知ですか?)。
主人公の少年は妖怪を見る能力があるのです
が、子供の頃は人に見えないものが見えるのが怖かったけど、”本当に恐ろしいのは心も家も荒れるにまかせて妖魔を住まわせてしまう、人の心の闇なんだってわかった”というセリフがあります。
”思う”事で災いを呼び寄せそうになっちゃう話とか、今日のお話に通じるものがあるなあ、なんて思いました。
>どいけんさん
メッセージありがとう。まさに仮想現実の世界ですね。想った事がインプットとなって、アウトプットされてきますね。
まさに、不要な葛藤や望まないことにフォーカスする事こそ贅沢なことで、シンプルに自分がワクワクすることにフォーカスすることが大切になってくる時ですね。お互い益々エンジョイしていきましょう。
>ははっちさん
コメントありがとうございます。なかなか深い言葉ですが、まさにその通りですね。結局、恐怖は自分が許可を出さない限り体験することはできません。肉体的な意識に残る恐怖は葛藤となって外側に投影する傾向があります。その意味でも、体を動かしたり、ヨガやダンス等は葛藤をリリースするのに大きなツールになりますね。人間の想念のパワーは本当にパワフルですね。